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ドクターズインタビュー:馬谷直樹 院長
アスレティックス整形外科肩膝スポーツクリニックは、2025年秋、院長の地元である八尾市に開院しました。院長の馬谷直樹先生は、ご自身も野球に打ち込み、度重なるケガや7回もの手術、そしてリハビリを乗り越えてきた経験を持つ整形外科医です。スポーツと共に歩んできたからこそ、痛みや不安を抱える患者様の気持ちに深く寄り添い、共に回復を目指します。
「スポーツを続けられる人生は豊かだ」。その信念のもと、専門である肩・膝・スポーツ整形外科領域の高度な知識と技術、そして豊富な臨床経験を活かし、子どもから大人まで、誰もが健康で活動的な人生を送れるよう、地域医療に貢献したいと語る馬谷院長。スポーツドクターを志した原点から、理想のクリニック実現にかける想いまで、詳しくお話を伺いました。
Q1. 整形外科医、特にスポーツドクターを目指された経緯を教えて下さい。
「原点は、高校3年生の夏に経験した膝のケガと手術です。野球一筋だった私にとって、それは大きな挫折でしたが、同時に『スポーツドクターになりたい』という強い目標を与えてくれました。医師になること自体よりも、自分と同じようにケガで苦しむ選手を支えたい、その一心でした。
当時の私は正直、野球ばかりで勉強は二の次(苦笑)。偏差値30台からのスタートで、周囲からは『医学部なんて到底無理だ』と言われました。それでも諦めきれず、親に頼み込んで1年間の浪人生活へ。毎日15時間以上、教科書ガイドを片手に基礎から必死に勉強しました。がむしゃらに努力し、何とか医学部に合格できた時の喜びは今でも忘れられません。合格発表の後の帰りの電車で号泣してしまいました。
大学入学後も野球部でプレーを続けながら、無事に医師国家試験に合格。卒業後は、多くの整形外科症例が集まり、救急医療にも力を入れている総合病院で医師としてのキャリアをスタートさせました。2年間の初期研修では、整形外科はもちろん、内科、外科、救急科など様々な科を回り、医師としての総合力を養いました。特に整形外科を重点的に学んだ半年間は、私の医師としての礎を築く貴重な期間となりました。」
Q2. 若い頃から非常に多くの手術経験を積まれたそうですね。
「幸運なことに、最初に勤務した病院には、技術はもちろん人間的にも素晴らしい指導医の先生がおられました。その先生から、知識や手技だけでなく、『医師としての心構え』や『患者さんとの向き合い方』といった、教科書には載っていない本当に大切なことを、文字通り叩き込んでいただきました。その教えは、今でも私の診療の核となっています。
『早く一人前になりたい』という一心で、指導医の先生にお願いして、朝から晩まで手術室に詰める毎日でした。その結果、半年間で執刀・助手を合わせて200件以上という、通常では考えられないほど多くの手術を経験させていただきました。この時期に徹底的に基礎を学べたことが、今の私に繋がっています。
その後、指導医の先生の勧めもあり、さらなる経験を求めて静岡の三次救急病院へ移りました。年間2000件以上の手術が行われ、ドクターヘリも運用されるような病院で、脊椎、人工関節、関節鏡、手の外科など、あらゆる分野の重症外傷や難症例を昼夜問わず担当しました。まさに『寝る間も惜しんで』という状況でしたが、どんな症例にも冷静かつ迅速に対応できる力が身についていくのを実感しました。当時はそれが当たり前だと思っていましたが、今振り返ると、医師としての胆力を鍛えられた、非常に濃密な時間でしたね。ただ、一度体調を崩したことを機に、関西へ戻ることを決意しました。」
Q3. 関西に戻られてからのご経歴と、専門性を深められた過程について教えて下さい。
「和歌山の地域中核病院でも、引き続き多忙な日々を送りながら、整形外科医としての幅を広げました。同時に、少しずつ時間的な余裕も生まれてきたため、本来の目標であったスポーツ整形外科の勉強会や学会へ積極的に参加し、専門知識のアップデートに努めました。
そして、肩・膝・スポーツ分野の専門性をさらに高めるため、関節鏡手術で有名な京都市内の専門病院へ移りました。ここでは年間約700件もの関節鏡手術が行われており、肩関節、膝関節を中心に、トップアスリートから一般の方まで、数多くのスポーツ関連疾患の診断・治療・手術に携わることができました。この3年間で、専門医としての揺るぎない自信を得ることができました。
臨床経験を積む一方で、学術的な視点の必要性も痛感していました。そこで、京都大学の整形外科教室でお世話になり、2年間、医学研究に没頭する機会をいただきました。献体を用いた基礎研究や臨床研究に取り組み、その成果を国内外の学会で発表し、英語論文として発表することもできました。臨床とはまた違う大変さがありましたが、エビデンスに基づいた医療を提供するための重要な視点を養うことができました。
その後、地元大阪の関西電力病院に移り、これまでの経験で培った臨床能力と研究で得た学術的視点を融合させながら、肩・膝・スポーツ分野の責任者として診療にあたってきました。
Q4. そして、今回、地元・八尾市での開院を決意された理由をお聞かせください。
京都大学での研究生活を経て、久しぶりに関西電力病院で大阪での診療に戻った際、改めて生まれ育った八尾という街の温かさ、居心地の良さを実感しました。そして、『この愛着ある地元・八尾の医療に貢献したい』という想いが日増しに強くなっていったのです。
これまでの総合病院での経験を通して、外来での丁寧な診察や、継続的なリハビリテーションの重要性を痛感してきました。特に、私の専門とする肩・膝・スポーツ疾患の患者様は、手術だけでなく、保存療法やリハビリが治療の中心となるケースも少なくありません。しかし、大きな病院では、どうしても一人ひとりの患者様と向き合う時間に限りがあり、十分な時間をかけた診療やリハビリを提供することが難しい側面もありました。
また、得意とする関節鏡手術は低侵襲で早期退院が可能ですが、その後のパフォーマンス回復には、質の高いリハビリテーションが不可欠です。
『外来診療にしっかりと時間をかけ、診断から治療、そして最も重要ともいえるリハビリテーションまで、一貫して質の高い医療を提供したい』。そして、『これまで培ってきた知識と技術を、地元八尾の皆様のために最大限活かしたい』。その想いを実現する場所として、自らクリニックを開業するという決断に至りました。」
ご来院を検討されている患者さまへ
「当院は2025年秋、八尾市北久宝寺に開院いたしました。目指すのは、地域の皆様にとって、どんな些細な痛みや不安でも、『まずはあそこに行ってみよう』と思っていただける、身近で頼れるクリニックです。患者様との対話を何よりも大切にし、お一人おひとりの症状だけでなく、その背景にある生活やお気持ちにも寄り添った、温かい診療を心がけてまいります。
肩が痛くて腕が上がらない、膝が痛くて歩くのが辛い、スポーツでケガをしてしまった、腰や首の痛みがなかなか治らない、骨の健康が心配…など、運動器に関するお悩みがあれば、どんなことでも遠慮なくご相談ください。
院内は、広々としたリハビリテーション室をはじめ、最新の医療機器を揃えるだけでなく、誰もが安心してリラックスできる空間づくりにもこだわりました。私自身が生まれ育ったこの八尾の地で、皆様が痛みから解放され、健康で活動的な毎日を取り戻せるよう、スタッフ一同、全力でサポートさせていただきます。皆様にお会いできる日を、心より楽しみにしております。」





